「栄光ある孤立(別名:光栄ある孤立/英語:Splendid Isolation)」とは、19世紀後半のヴィクトリア朝時代において、イギリスが特定の国と恒常的な軍事同盟を結ばずに単独行動を貫いた外交政策を指します。この言葉自体は、1896年にカナダの政治家ジョージ・フォスターが英議会での議論を評して放った演説に端を発し、当時のロンドン・タイムズ紙などのメディアを通じて世界的な流行語となりました。
当時のイギリスは「世界の工場」として莫大な富を蓄積し、全世界の貿易・金融・海運を一手に掌握する「パクス・ブリタニカ(イギリスによる平和)」の頂点を極めていました。イギリスが他国と同盟を結ばなかった背景には、傲慢さではなく、極めて冷徹な計算が働いていたのです。
その屋台骨を支えたのが、英国海軍が死守していた「二国標準主義(Two-Power Standard)」です。これは、1889年制定の海軍防衛法によって明文化されたもので、「英国海軍の主力艦艇数は、世界第2位と第3位の海軍国(当時はフランスとロシア)の戦力を合算したものと同等以上でなければならない」という絶対的な軍備基準でした。大陸国家が束になって挑んでこようとも、ドーバー海峡と制海権さえ押さえておけば本土防衛は揺るがず、海外植民地とのシーレーンも維持できるという強烈な自信があったのです。
この時代を代表する保守党の重鎮・ソールズベリー侯爵(ソールズベリー首相 外交方針)は、恒常的な同盟条約に署名することを病的なまでに嫌いました。同盟を結べば、他国の都合で起きる無益な戦争にイギリス国民の血と財当を巻き込まれかねません。平時は完全にフリーハンド(自由裁量権)を保ち、ヨーロッパ大陸の勢力均衡(バランス・オブ・パワー)が崩れそうになった瞬間にだけ介入してバランスを取り戻すことこそが、イギリスにとって最小のコストで最大の国益を得る方程式だったのです。