「嫐る」という表記を前にしたとき、多くの方が最初につまずくのが嫐る読み方の多様さです。主要な国語辞典(三省堂『大辞林』、小学館『日本国語大辞典』)の編纂記述を突き合わせると、この漢字には文脈に応じて異なる複数の訓読みが存在することが分かります。
最も一般的な読み方は「なぶる」です。次いで古典文学などで見られる「うわなる」、そして「たわむる」と読むケースもあります。音読みでは「ドウ」「ジョウ」と発音され、漢籍においては騒がしい様子や乱れる様を表す文字としても機能してきました。
嫐る古語の意味を紐解くと、現代で使われる単なる「からかい」にとどまらない、重層的な3つの語義が立ち現れます。
- からかう・もてあそぶ(なぶる):相手を意志のままに弄んだり、小馬鹿にして手玉に取ったりする行為。
- 男女が親しくふざけ合う・戯れる(たわむる):男女が身体的・心理的にじゃれ合い、愛欲を含んだ痴話を交わす様子。
- 後妻(うわなり)として先妻と激しく争う・嫉妬する(うわなる):前妻と後妻がひとりの男性を挟んで繰り広げる憎悪の応酬。
特に古語における「嫐るうわなる」という用法は、日本語の歴史を語る上で欠かせない文化史的トピックです。「うわなり」とは古語で「後妻」を意味し、前妻(こなみ)に対して「上(うわ)に立つ・重なる妻」という語源を持っています。一人の男性の寵愛を巡り、正妻の座を奪い合って激昂する女性たちの心理動態そのものが、この動詞「うわなる」に凝縮されているのです。