奥州の生家から花巻東高等学校へ。菊池雄星の背中を追って名門の門を叩いた大谷は、目標達成シート「マンダラチャート」に自らの未来を書き込んだ。その中心にあったのは「運」や「人間性」という、技術を超えた心の育成だった。
北海道日本ハムファイターズでの二刀流挑戦、そして海を渡ってメジャーリーグベースボールの世界へ。周囲の懐疑的な声を結果でねじ伏せてきた歩みは、生家で培った「常識に囚われない柔軟さ」が支えていた。
ロサンゼルス・ドジャースのユニフォームを身にまとい、ワールドシリーズの頂点へ駆け上がった今も、彼の原点には奥州の乾いた土の匂いがある。巨大なスタジアムの大歓声の中にいても、少年の魂はあの静かな実家の庭と地続きなのだ。