ラム換水法を採用している魚は他にも存在しますが、なぜマグロはこれほどまでに止まることを許されないのでしょうか。その背景には、他の海洋生物を圧倒するエネルギー代謝の高さがあります。
水産研究機関や大学の研究チームによる計測データによると、マグロの酸素消費量は沿岸性の底生魚(ヒラメやカサゴなど)と比較して約2〜3倍以上に達します。マグロの肉が鮮やかな赤色をしているのは、酸素を大量に蓄えるミオグロビンとヘモグロビンが筋肉中に高密度で濃縮されているためです。マグロはこの強靭な「赤身筋肉(血合い肉)」を絶え間なく収縮させ、驚異的な運動性能を発揮しています。
さらに、マグロは魚類としては極めて珍しい「内温性(体温を周囲の水温より高く維持する能力)」を備えています。動脈と静脈が複雑に絡み合う熱交換システム「奇網(きもう)」を発達させ、遊泳で発生した熱を体内に閉じ込めることで、水温が低い深海や冷水域でも筋肉のパフォーマンスを落としません。高体温と高速遊泳を維持するためには膨大な酸素供給が不可欠であり、マグロが泳ぎ続ける理由は、この莫大な代謝エネルギー要求を満たす唯一の手段だからに他なりません。
大海原を回遊する際のマグロの泳ぐ速度と時速は、通常巡航時で時速3〜10km程度ですが、獲物を追跡する瞬間的なダッシュでは時速70〜80km、クロマグロの大型個体では瞬間最大で時速90km近くに達すると記録されています。水の抵抗を極限まで減らした流線型のボディ、格納式のヒレ、推進力を生み出す強靭な尾ビレなど、全身のすべてがスピードと長距離巡航のために最適化されています。