2008年から2010年にかけて、はんにゃの人気は社会現象の域に達していました。『爆笑レッドシアター』や『ピラメキーノ』などの看板番組を抱え、最盛期にはレギュラー番組8本以上、睡眠時間わずか2〜3時間という過酷なスケジュールをこなしていました。しかし、その熱狂はやがて急速な収束を迎えます。テレビから姿を消した背景には、主に3つの要因が関係しています。
第1に、芸歴わずか3〜4年で頂点に達したことによる「経験値とフリートーク力の不足」です。リズムネタやキャラクターコントで一世を風靡したものの、ひな壇番組や長尺のトークバラエティで求められる即興性やアドリブ対応において、百戦錬磨の先輩芸人たちとの差が露呈する形となりました。金田自身も後のインタビューで「当時は実力が追いついておらず、ただ目の前の仕事をこなすだけで精一杯だった」と率直に振り返っています。
第2に、過酷なスケジュールと若さゆえの慢心・トラブルです。バラエティ番組等でも度々暴露された金田の遅刻癖や酒癖、現場での態度が業界内で問題視され、制作側が起用を躊躇する要因となりました。
第3の決定的な契機となったのが、川島章良の「腎臓がん闘病」です。2014年末、健康診断をきっかけに初期の腎臓がんが発覚し、2015年に手術を受けました。当時は世間に公表せず、治療と療養を優先したため、コンビ活動のセーブを余儀なくされました。この命に関わる経験が、後の川島のライフワークや健康志向への転身を決定づけることになります。