秦こころの生みの親であり、新たな「希望の面」を急造して事態の収拾を図ったのが、道教の祖たる豊聡耳神子である。神子は自らの顔を模した面を与えることで感情の暴走を鎮定させようと試みた。だが、この調停劇には政治的な計算が色濃く影を落としていた。
聖徳太子としての記憶を色濃く残す豊聡耳神子にとって、秦河勝の遺品たる面は神仏習合の歴史そのものであり、自らの権威を象徴する道具に他ならない。自作の希望の面を秦こころに同化させることは、彼女という感情兵器の「主権」を道教側に手繰り寄せる行為でもあった。神子が差し出した希望は救済でありながら、同時に巧妙な精神的支配の楔だった。この重層的な思惑が、物語に冷徹なリアリズムを与えている。