最北の駅が辿った歴史の中で、最も胸を締め付けるのが1945年の太平洋戦争末期の出来事だ。終戦直前の8月、旧ソ連軍の樺太侵攻に伴い、多くの引き揚げ者が命からがら連絡船に乗り込み、稚内へと逃れ込んできた。駅前は身寄りを尋ねる人々や、救護活動に追われる人々で混乱を極めたという。
この時代の痛切なドラマを劇的に描いたのが、映画『樺太1945年夏 氷雪の門』である。真岡郵便局で電話交換手として殉職した「九人の乙女」の悲劇をはじめ、歴史ドキュメンタリーや映画の中で描かれる最北の駅周辺の光景は、平和の尊さと国境に翻弄された市井の人々の悲しい運命を現在に静かに伝えている。