読者の間で最も議論を呼ぶのが「作中の描写はどこまで実話なのか」という点です。『17歳。』のストーリーは、拉致・監禁の経緯や加害者集団内のヒエラルキー、暴力のエスカレーションといった基本骨格において実際の事件を色濃くトレースしています。しかし、プロットの核心部と結末においては、現実とは決定的に異なる創作が施されています。
作中の相関図において、主人公として設定されているのは気弱な高校生・神谷ヒロシ(カミヤ)です。カミヤは凶暴な不良グループのボス・ミヤモトに怯え、暴力による支配と脅迫から逃れられず、被害者の女子高生・大沢サチの監禁に加担してしまいます。この「暴力に屈して共犯者・傍観者になってしまう少年の葛藤」こそが、本作の真の主眼です。
そして最大の違いは「事件の結末(ネタバレ)」にあります。現実の事件では、誰も被害者を救い出すことなく死に至らしめ、コンクリート詰めで遺棄するという最悪の結末を迎えました。しかし漫画『17歳。』の終盤では、カミヤが自らの良心と恐怖の間で葛藤した末に警察へ通報し、自らも重傷を負いながらミヤモトに立ち向かいます。結果として警察が突入し、大沢サチは瀕死の重傷を負いながらも一命を取り留め、生きて救出されるのです。
なぜ原作者の藤井誠二氏と作画の鎌田洋次氏は、被害者を救出する結末を選んだのでしょうか。藤井誠二氏は少年犯罪や少年法問題を長年取材してきた気鋭のノンフィクション作家です。著書や講演において藤井氏は、陰惨な事件をそのままなぞるだけの「バッドエンド」では、単なるスプラッターや見世物(エクスプロイテーション)に堕ちてしまい、被害者の尊厳を再び傷つけかねないと危惧していました。
「もしあの場にいた少年たちの誰か一人でも、踏みとどまる勇気を持っていたら救えたのではないか」という痛切な問いかけこそが、結末改変の動機でした。現実を美化するためではなく、現実の少年たちに欠落していた倫理の境界線を読者に突きつけるための、明確な作家意思による改変だったのです。