結婚から十数年間、俳優の妻として家庭を守り、2004年に長男の政明(現在の市川團子)、2008年には長女を出産して平穏な生活を送っていた知子さん。しかし、その日常は2011年9月に突如として激変します。
父である香川照之が、45年間断絶状態にあった実父・二代目市川猿翁(当時・三代目市川猿之助)と劇的な和解を果たし、46歳にして「九代目 市川中車」を襲名して歌舞伎界へ進出することを電撃発表したのです。同時に、当時わずか8歳だった長男・政明も「五代目 市川團子」として初舞台を踏むことが決定しました。
現代劇の俳優の妻として嫁いだ知子さんにとって、血筋と伝統がすべてを支配する歌舞伎界への参入は青天の霹靂でした。事前の相談も十分でないまま決定された梨園入りに対し、彼女は妻として、そして母として逃れられない宿命を背負わされることになります。
歌舞伎界において「梨園の妻」が担う役割は極めて過酷です。贔屓筋(ひいきすじ)への挨拶回りや手紙の筆耕、着物の着こなしやしきたり、劇場ロビーでの気配りなど、代々の名門家庭で育った令嬢ですら苦労する礼法を、知子さんはゼロから叩き込まれなければなりませんでした。
さらに、当時は病気療養中だった義父・市川猿翁と同居し、高度な介護生活を支える重責も重なりました。一部週刊誌では、外様として途中参入した一家に対する梨園内部からの冷ややかな視線や、先輩格の妻たちからの孤立、いわゆる「梨園特有の軋轢」に悩まされていたとも報じられています。完璧主義で責任感の強い知子さんにとって、心休まる場所のない環境は想像を絶するストレスとなっていきました。