北海道とこの巨大肉食獣との確執は、開拓期からの長い歴史を持つ。その恐怖を日本人の記憶に決定的に刻み込んだのが、大正時代に起きた三毛別羆事件だ。一頭の巨大ヒグマが数日間にわたり開拓村を襲撃し、多くの命を奪った惨事は、吉村昭の歴史小説『熊嵐』の題材としても広く知られ、野生の脅威を象徴する出来事として現代に語り継がれている。
また、アイヌ民族とヒグマとの深く複雑な関係性を描写したヒット作『ゴールデンカムイ』や、近年の出没激増に警鐘を鳴らすNHKスペシャルのドキュメンタリーなどを通じ、現代人の間でもヒグマの習性や恐怖に対する関心は高まっている。しかし、映像や作品の中の出来事として捉えている限り、実際の遭遇時に身を守ることはできない。歴史が教える最大の教訓は、一度人間の食べ物の味を覚え、人間を怖れる対象ではないと認識した個体は、どこまでも執着深く危険な存在へと変貌するという不都合な真実だ。