日産スカイラインの長い歴史において、1977年8月に発売された5代目C210型は極めて過酷な開発環境下で世に送り出されたモデルでした。当時、世界一厳しいとされた昭和53年排出ガス規制への適合が急務であり、各自動車メーカーは走行性能の大幅なダウンを余儀なくされていました。その逆境のなかで「日本の風土が生んだ名車」という強い誇りを前面に押し出し、大々的な「SKYLINE JAPAN」キャンペーンを展開したことが、愛称「ジャパン」の由来です。
エクステリアは、ケンメリ時代の曲面グラマラスなフォルムから一転し、シャープなエッジとウェッジシェイプを強調した直線基調へとシフトしました。スカイラインの伝統であるサイドの「サーフィンライン」を残しつつ、ボクシーで引き締まったプロポーションは当時の若者たちを熱狂させました。4ドアセダンと2ドアハードトップの2つのボディタイプを揃え、直列4気筒を積むショートノーズの「TI(ツーリング・インターナショナル)」系と、直列6気筒を積むロングノーズの「GT」系という盤石のラインナップを確立しています。
歴代開発責任者を務めた櫻井眞一郎氏の手記や当時の開発者インタビューでも語られている通り、厳しい規制下にあっても「走りの質感と操縦安定性だけは絶対に妥協しない」という技術者の執念が、リヤセミトレーリングアーム式独立懸架サスペンションの熟成や空力特性の向上へと注ぎ込まれました。この妥協なきエンジニアリングこそが、ジャパンが半世紀近くを経た現在も孤高の存在感を放ち続ける根源となっています。