歴史の歯車が大きく動いた舞台は、1945年の終戦直後、ナポリタン発祥の地横浜に聳え立つ名門「ホテルニューグランド」でした。終戦と同時にホテルは連合国軍最高司令官ダグラス・マッカーサー元帥率いるGHQに接収され、将校や兵士たちの宿泊所・司令部として利用されることになります。
当時、米軍兵士たちが宿舎で日常的に食べていたのは、茹でたスパゲッティに米軍支給品の缶詰トマトペーストやケチャップ、塩胡椒を無造作に和えただけの大雑把な軍用レーションでした。これこそがGHQ米軍ナポリタン起源の実態です。空腹を満たすためだけの殺風景な一皿を目撃したホテルニューグランドの第2代総料理長・入江茂忠氏は、一流の誇りから「お客様に、このような粗野な料理をそのまま出すわけにはいかない」と強い創作意欲を燃やしました。
入江シェフは、ホテルに蓄積されていたフランス料理の技法を総動員します。にんにくと玉ねぎを炒めて甘みを引き出し、生のトマトと水煮トマトをじっくり煮込んでオリジナルのピューレを完成させました。そこにロースハムとマッシュルームを合わせ、バターでソテーしたパスタと絡めることで、芳醇なコクと気品を兼ね備えた一品へと昇華させたのです。これが、今日まで語り継がれるスパゲッティナポリタン元祖の誕生の瞬間でした。