キリスト教の正典である4つの福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)を読み比べると、最後の晩餐の描写や裏切りの経緯には興味深い差異が存在します。ダ・ヴィンチはこの「聖書記述の違い」を徹底的に研究し、独自の解釈でひとつの画面に統合しました。
そもそも、イスカリオテのユダはなぜ師であるキリストを裏切ったのか。裏切りの理由については、歴史的・神学的に主に3つの説が議論されてきました。
- 金銭への執着説:マタイ福音書に記されている通り、ユダは祭司長たちから「銀貨30枚」を受け取ってキリストを引き渡したという現実的な買収の論理。
- 悪魔(サタン)の憑依説:ルカ福音書およびヨハネ福音書にみられる「サタンがユダに入った」という霊的な介入。
- 政治的失望説:キリストを「ローマ帝国の支配からユダヤを武力解放してくれる政治的メシア」と期待していたユダが、非暴力と自己犠牲を説くキリストに絶望したという心理的葛藤。
ダ・ヴィンチはユダを単なる奇怪な悪人としてではなく、極めて人間的な弱さと計算高さ、そして恐れを抱えた存在として造形しました。テーブルに置かれたパンに向かって、キリストの右手とユダの右手が同じ皿に伸びようとする描写は、「わたしと一緒に鉢に手を入れた者が、わたしを裏切る」(マタイ26:23)という記述を忠実に再現したものです。