2020年代半ばから2026年にかけて、ヒマラヤの風景は劇的な変容を遂げました。かつて国家規模の威信をかけた遠征隊や先鋭的アルピニストだけの領域だった8,000m峰に、潤沢な資金力を持つ一般富裕層が押し寄せる「商業公募登山隊」の全盛期が到来したためです。
現在、大手国際ツアー会社が提供するエベレスト公募隊の参加費用は、1人あたり6万ドル〜15万ドル(日本円で約900万〜2,300万円)に達します。シェルパと呼ばれる現地高所ガイドが荷揚げからルート工作、テント設営、酸素ボンベの管理までを全面的にサポートし、登山道には山頂直下まで強固なフィックスロープ(固定ロープ)が張り巡らされます。
しかし、この徹底したインフラ化が新たな構造的危機を生み出しています。SNS上では「金を払えば誰でも登れる観光地と化した」と冷ややかに評される一方、現場からは悲鳴が上がっています。春の登頂好天期(ウィンドウ)には、山頂直下の急峻な岩壁「ヒラリーステップ」周辺に数十人から数百人の登山者が数珠つなぎになる「超高所渋滞」が発生します。
氷点下の強風が吹き荒れるデスゾーンで2時間、3時間と立ち往生を強いられれば、酸素ボンベの残量は無慈悲にゼロへ向かいます。体温は奪われ、凍傷と低体温症が容赦なく襲いかかります。ネパール観光庁による登山許可証(パーミット)の発行数規制やガイド比率の厳罰化議論が繰り返されているものの、登山ビジネスがもたらす外貨収入への依存から、実効性のある制限には至っていません。