成駒屋の歴史は、上方(関西)歌舞伎と江戸歌舞伎の双方に深いルーツを持っています。屋号の「成駒屋」は、初代中村歌右衛門が生まれ故郷である山形県・天童の名産品「将棋の駒」にちなんで名づけたと伝えられています。
歴代の成駒屋の中でも、特に五代目中村歌右衛門、そして六代目中村歌右衛門は、歌舞伎史における最高峰の女形としてその名を轟かせました。芝翫の兄である九代目中村福助、甥の六代目中村児太郎もまた、成駒屋の女形の芸筋を受け継ぎ舞台を彩っています。
八代目芝翫が受け継いだ「芝翫」の名跡は、歴代の歌右衛門の前名としても知られ、成駒屋にとって幹となる極めて重い看板です。古典歌舞伎の型を守りながら、次代の若手を育成し、名門の看板を未来へと繋いでいく役割を、現在の芝翫一家が担っています。