徳川家康像の全貌!しかみ像の衝撃真相と全国の銅像名所を徹底比較

徳川家康像の全貌!しかみ像の衝撃真相と全国の銅像名所を徹底比較

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徳川家康の肖像画の中で、最も強烈なインパクトを放つのが、眉をひそめ苦渋に満ちた表情を浮かべる通称「しかみ像」(正式名称:徳川家康三方ヶ原戦役画像)です。一般的には、元亀3年(1572年)の三方ヶ原の戦いで武田信玄の軍勢に大敗し、命からがら逃げ延びた家康が、自身の驕りと慢心を生涯忘れないための自戒として絵師に描かせた、というエピソードが広く知られてきました。

しかし、所蔵元である徳川美術館(名古屋市)などの近年の詳細な調査研究によって、この定説を覆す新たな事実が明らかになっています。同館に残る記録を徹底的に精査した結果、この絵が「三方ヶ原の戦いの自戒の図」として記録に登場するのは、なんと事件から200年近くが経過した江戸時代中期の18世紀末頃であることが判明しました。

制作年代自体も17世紀以降と推定されており、本来は神格化された東照大権現信仰や、仏教の図像(不動明王や半跏思惟像など)に影響を受けた肖像画であった可能性が指摘されています。後世の人々が「負け戦を糧に天下人へ上り詰めた家康」というドラマチックな英雄譚を補強するために伝説を結びつけたというのが、現在の歴史学界で極めて有力な見解です。伝説の真偽はともかく、人間の弱さと向き合う象徴としての価値は今なお色褪せていません。

山本 拓海
著者

山本 拓海

デジタルガジェットとスマート家電の検証記事を多数執筆。失敗しないモノ選びを提案します。