彼を語る上で欠かせないのが、世界中で大きな波紋を呼んだ電撃的な辞任劇です。ここからは、ピエール・ジョコマン 経歴の決定的な転換点となった事件と、その後のピエール・ジョコマン 経緯まとめを時系列で追っていきます。
事の発端は2016年2月、オランド政権下で進められた労働法改革案(通称エル・コムリ法)でした。解雇規制の緩和や労働時間の柔軟化を盛り込んだこの法案に対し、フランス全土で「夜立ち上がれ(Nuit debout)」と呼ばれる大規模な抗議デモが勃発しました。この法案の主務大臣であったエル・コムリ労働大臣の最側近として法案策定の現場にいたのが、当時若干30歳前後のジョコマン氏でした。
しかし、政権が労働者の権利を切り捨て、大企業寄りの妥協に走ったと判断した彼は、即座に辞表を提出して閣僚チームを離脱しました。当時の特番インタビューや自著・手記で語られた「私が仕えたかったのは国民と労働者の尊厳であって、巨大資本への迎合ではない」という生の告白は、フランス政界に激震をもたらしました。
その後、彼は同年に暴露的告発書『Ils ont trahi la gauche(彼らは左派を裏切った)』を上梓しました。政治の内幕を赤裸々に描きつつ、権力に屈した既成政治を鋭く告発した同書はベストセラーとなり、彼は一躍「信念を貫く若手論客」として国際的な知名度を獲得します。政界離脱後は左派総合雑誌『Regards』の編集長に就任し、ジャーナリズムの現場から権力を監視する論陣を張り続けました。