1965年(昭和40年)、初代南極観測船「宗谷」の後継として就役した本船は、日本初の本格的な砕氷艦として誕生した。総トン数5,250トン。ヘリコプターを搭載し、氷を割りながら進むその姿は、戦後復興を遂げた日本の技術力の象徴そのものだった。
当時の少年たちは、オレンジ色と白に塗り分けられた船体に未来を見た。南極の厚い氷を割りながら昭和基地を目指す命がけの航海は、ニュース映画やテレビを通じてお茶の間に届けられ、日本中に冒険ブームを巻き起こした。その熱気は、今も船内の食堂や医務室に当時のまま残された展示物から息づかいとして伝わってくる。