ルパン三世の原点|モンキー・パンチの軌跡とアニメにない原作の凄み

ルパン三世の原点|モンキー・パンチの軌跡とアニメにない原作の凄み

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稀代のヒットメーカーの原点は、冷たい潮風が吹き付ける北の海辺にありました。モンキー・パンチの出身地は、北海道厚岸郡浜中町霧多布(きりたっぷ)。1937年5月26日、漁師の家庭に生まれた彼の本名は加藤一彦(かとう・かずひこ)氏です。幼少期から絵を描くことが何よりの娯楽だった少年は、地元の高校を卒業後、漫画家を志して単身東京へ進出しました。

しかし、最初から順風満帆なプロ生活が待っていたわけではありません。上京後のモンキー・パンチの経歴を振り返ると、生活のためにレントゲン技師の助手として病院に勤務しながら、夜間に同人誌や貸本漫画へ執筆を続けるという過酷な下積み時代を過ごしています。貸本出版社の倒産や原稿料未払いなどの辛酸を舐めながらも、1965年に『プレイコミック』の前身となる雑誌などで短編を発表し、商業誌デビューの足がかりを掴みました。

特筆すべきは、誰もが一度は驚くペンネーム「モンキー・パンチ」の命名秘話です。当時の青年漫画界の風雲児であり、後に双葉社で初代『漫画アクション』編集長を務める清水文人氏が、新人の無国籍でエッジの効いた画風を見て「国籍不明の怪しい新人が現れたと思わせたい」という理由で独断命名したものでした。自著や当時の回想インタビューにおいて、本人は「最初はものすごく恥ずかしくて嫌でたまらなかった。『もし売れなかったら3ヶ月ですぐ元の名前に戻すから』と言われて引き受けた」と明かしています。仮初めの名前としてスタートしたペンネームが、やがて日本マンガ界を揺るがすビッグネームになるとは、当時の関係者の誰も予想していませんでした。

山口 彩花
著者

山口 彩花

グルメと旅を愛するフリーライター。全国各地の隠れた魅力を独自の視点から紹介します。