なぜ高知県の女性は、他地域に比べてこれほど自立的で男勝りな気質を持つようになったのか。その要因は、地理的環境と近世以降の社会構造に根ざしています。
第一に、「台風銀座」と外洋に面した厳しい地理的条件です。四国山地に背後を遮られ、前面には太平洋の荒波が広がる土佐の地は、かつて外部との交通が遮断された孤立した土地でした。度重なる水害や台風災害に見舞われる環境下では、弱音を吐いて立ち止まることは文字通り一家の死活問題でした。女性であっても鍬を振るい、瓦礫を片付け、即座に生活を再建するタフネスが不可欠だったのです。
第二に、遠洋漁業と男性不在の長期化です。カツオの一本釣りをはじめとする海洋漁業の現場では、男たちは数か月から時に年単位で海へ出続けました。村や家に残された女性たちは、家庭の切り盛りはもちろん、集落の運営、財産管理、冠婚葬祭の差配に至るまで、すべての意思決定を自力で行う必要がありました。この「留守を守るリーダーシップ」の日常化が、女性たちの自立心を強烈に鍛え上げました。
総務省統計局の各種就業統計を見ても、高知県は古くから女性の有業率や共働き率が全国上位常連であり、女性が経済の主たる担い手として社会進出してきた歴史的基盤があります。他県のように「男が働き、女は家を守る」という画一的な性別役割分担が成立しにくい過酷な環境が、結果として頼もしい「はちきん気質」を育んだのです。