話は明治維新の激動期に遡る。廃藩置県によって職を失った元名古屋藩士の海老原勝五郎と、その弟である九丈。ふたりの情熱と執念がなければ、この奇跡の鳥は誕生していなかった。彼らは失意の淵に立ちながらも、新たな時代の生き道を模索し、中国から渡来した大型鶏「九斤(コーチン)」と地鶏の交配に着手したのだ。
その試行錯誤の舞台となったのが、現在の愛知県名古屋市郊外である。劣悪な環境や度重なる失敗に屈することなく、何代にもわたる交配と淘汰を繰り返した。日本の畜産業の曙光とも呼ぶべきこの血のにじむ努力によって、1905年、国産実用鶏の第一号として正式に認定されたのである。明治の誇りと志が宿る肉質は、今なお色褪せることがない。