料理の現場において、手羽元は「もっとも火加減のコントロールを狂わせる魔の部位」と呼ばれることがある。もも肉やむね肉の唐揚げと同じ感覚で油に投入すると、高確率で中心部が生焼けに終わる。これには明確な3つの物理的・調理工学的な理由が存在する。
第1の要因は、「骨の存在と極端な肉の厚み」だ。手羽元は太い骨を中心にして円錐状に厚い筋肉が取り巻いている。骨は筋肉組織に比べて熱伝導率が低く、骨自体が熱を奪い、奥深くへの熱の浸透を遮断してしまう。外側の薄い肉が170℃の油でカリッと揚がっていても、骨に隣接する最深部は依然として40℃未満という温度勾配が簡単に生じるのだ。
第2の要因は、「冷蔵庫から出してすぐ揚げる温度差」である。手羽元常温に戻す理由を深く考えず、冷気の残るパックから直前に取り出して粉をまぶし、油へ投入する家庭は非常に多い。中心温度が5℃前後の肉を高温の油に入れると、外層の衣ばかりが急激にメイラード反応を起こしてきつね色に焦げ、内部へ熱が到達する前に引き上げざるを得なくなる。揚げる15〜20分前には冷蔵庫から出し、室温近くまで戻しておく工程は、生焼けを防ぐための絶対防衛線といえる。
第3の要因は、「油の温度設定の誤認」にある。多くのレシピで推奨される「180℃」で最初から揚げ始めると、衣の水分が瞬時に蒸発して壁を作り、手羽元の芯に火が通る前に外側が限界を迎えてしまう。特にフライパンで少なめの油を使って「揚げ焼き」をする場合、油の総熱量が小さいため、肉を入れた瞬間に急激に油温が下がり、慌てて火を強めた結果、外側だけを焦がすという典型的な悪循環に陥る。