山形におけるのし梅の普及を語る上で欠かせない存在が、歴史的な名店として知られた玉川屋だ。明治から昭和にかけて製法を確立し、全国にその名を知らしめる原動力となった。
かつては多くの職人が手仕事で競い合った和菓子製造業だが、現代では原材料費の高騰や後継者不足など、食品・銘菓産業全体が直面する課題にも直面している。気候変動によって梅の収穫量や品質が変動するなか、伝統銘菓の質を均一に保ち続ける努力は並大抵のものではない。
熟練職人の経験値を数値化しつつ、最も重要な「舌の感覚」や「手触り」は人間の手で守り抜く。最新の設備と手仕事の共存が、製造現場の新たな常識となりつつある。