加賀まりこの若い頃の美貌と現在|事実婚パートナーと生きる真実

加賀まりこの若い頃の美貌と現在|事実婚パートナーと生きる真実

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芸能界において「伝説の美少女」と呼ばれる存在は数多く存在しますが、加賀まりこが若い頃に見せたインパクトはまさに別格でした。映画プロデューサーの父・加賀四郎のもと、文化的な薫り高い家庭環境で育った彼女は、都内の名門校・明星学園高校に在学中、通学路で映画監督の篠田正浩や劇作家の寺山修司に見出され、1962年にドラマ『海のうつわ』で電撃デビューを飾ります。

大きな瞳にシャープなフェイスライン、抜群のプロポーションと媚びない眼差し。そのビジュアルは瞬く間に世間を虜にし、メディアはフランスの大スターになぞらえて「和製ブリジット・バルドー(B.B.)」と絶賛しました。中でも1964年に公開された中平康監督の主演映画『月曜日のユカ』は、彼女のコケティッシュな魅力とアヴァンギャルドなファッションセンスが凝縮された不朽の名作として、国内外のカルト映画ファンから今なお熱烈な支持を受けています。

当時、伝説のイタリアンレストラン「キャンティ」や六本木の若者グループ「野獣会」に出入りしていた彼女は、三島由紀夫、川端康成、安部公房、岡本太郎といった時代の知性たちとも対等に渡り合いました。自著『純情ババァになりました。』などの手記にも記されている通り、「誰かに媚びて生きるくらいなら野垂れ死んだほうがマシ」と言わんばかりの奔放で潔いアティチュードこそが、彼女を単なるアイドル女優にとどまらない本物のアイコンへと押し上げた原動力でした。

中村 さくら
著者

中村 さくら

エンタメ・カルチャー業界の深掘り取材を得意とし、現場のリアルな声をお伝えします。