幼い頃から自立心の強かった有働氏ですが、人生最大の親子ゲンカとなったのが大学卒業後の進路選択でした。
父親は娘に対し、自らと同じ教員や、手堅い公務員、あるいは堅実な大手企業の事務職に就くことを強く望んでいました。そんな中、有働氏が「NHKのアナウンサー試験を受ける」と打ち明けた際、父親は「女性がテレビに出て顔を売るような仕事をするなど言語道断だ」と激怒し、猛反対したといいます。
しかし、一度決めたら曲げない有働氏も一歩も引きませんでした。自らの意志でNHKのアナウンサー試験を突破し、見事内定を勝ち取ります。当初は入局を認めようとしなかった父親ですが、娘の並々ならぬ覚悟を前に、最後は折れる形で送り出すこととなりました。
テレビ局という未知の世界へ飛び込んだ娘を心配するあまりの反対劇でしたが、このとき父に反発して自らの道を切り拓いた経験が、後に戦場取材や海外特派員、生放送のメインキャスターを果敢にこなす有働氏の原動力となったことは間違いありません。