利用者がリスクを冒してまで裏垢を作る心理の根底には、現代社会における「息苦しさ」の反動が存在します。社会学者のアーヴィング・ゴフマンが提唱した「ドラマツルギー理論」では、人間は社会生活という舞台の上で常に「演者」として適切な振る舞いを強いられていると説かれます。本垢が「表舞台」であるとするならば、裏垢は緊張を解き、着替えるための「楽屋」に他なりません。
取材班が実施した当事者ヒアリングや知恵袋・SNS上のリアルな告白を検証すると、主に3つの強い動機が浮かび上がります。
「職場やママ友の前では絶対に笑顔を崩せない。でも理不尽な扱いに耐えきれず、深夜に鍵付きの裏垢で思いの丈をぶちまけることで辛うじて精神の均衡を保っている」(20代後半・金融機関勤務女性の手記より)
「本垢でオタク趣味の連続ポストを流すと、大学の友人に煙たがられる。自分の好きなものを全力で語るには、利害関係のまったくない同志だけが集まる裏垢が不可欠」(20代前半・男子大学生の証言)
「本垢ではフォロワーの目を気にして当たり障りのない日常しか載せられない。どれだけ『いいね』がつくか、見知らぬ他人に自分の容姿や過激な発言がどう刺さるかを試したかった」(20代・いわゆる裏垢女子として活動していた女性の告白)
自己防衛のためのガス抜きや心理的バウンダリー(境界線)の維持を目的とするケースがある一方で、過度な承認欲求の暴走も見逃せません。特に露出度の高い自撮り写真を投稿する裏垢女子と呼ばれる界隈では、ダイレクトメッセージ(DM)を介した金銭トラブルや脅迫、ストーカー被害といった深刻な犯罪に巻き込まれる事例が後を絶ちません。健全なストレス発散として始まった裏垢が、承認の快感に依存する過程で危険領域へと足を踏み入れてしまう構造的な危うさを抱えています。