崇教真光を理解する上で、避けて通れないのが創始者である岡田光玉(おかだ こうたま、本名:良一、1901–1974)の存在です。陸軍将校や実業家を経ていた岡田は、1959年(昭和34年)に重病を克服する過程で神示を受けたとされ、立教の道を歩み始めました。「天変地異や病気・戦争などの災厄は、人間の想念の乱れと霊の憑依(濁り)によって引き起こされる」と説き、神から注がれる光を手のひらを通じて他者に注ぐ「施光(せこう・手かざし)」によって一切を浄化できると主張しました。
1974年に光玉が急逝すると、教団内では壮絶な後継者争いが勃発します。光玉の養女であり第一の弟子として教団を支えてきた岡田恵珠(けいしゅ)と、教団幹部であった関口榮との間で「正当な後継者(教え主)」の座を巡る激しい法廷闘争へと発展しました。裁判所の和解勧告を経て、1978年に岡田恵珠側が新たに宗教法人の認証を受けて独立させた組織が、現在の「崇教真光」です。
教団は岐阜県高山市に拠点を定め、1984年には総工費数百億円規模とも言われる「世界総本山 主座(スザ)」を建立しました。現在、世界総本山はリニューアル工事が進められつつも、隣接する第二神殿などは信徒・一般人を問わず参拝を受け入れています。教団の公称データによると、信徒数は世界100カ国以上で約100万人に達し、そのうち日本国外の信徒が約20万人を占めます。フランス・パリの大道場をはじめ、北米、ブラジル・ペルーなどの南米、さらにはコートジボワールやセネガルといったアフリカ諸国にまで道場が広がっており、日本の新宗教としては極めて異例の国際的浸透を見せています。