グループが急速に社会現象化していく2009年、アイドルの過酷な格差を可視化する「第1回AKB48選抜総選挙」が開催されました。このイベントが、彼女のアイドル人生における大きな転換点となります。
結果として、野呂佳代のAKB選抜総選挙の順位は第1回(2009年)において圏外(30位以下)に終わりました。同期の大島優子が2位、秋元才加が12位とメディア選抜に食い込むなか、野呂はメディア露出の枠を逃すという残酷な現実を突きつけられます。
そして同年、大人向けのお姉さんグループとして土曜深夜公演を中心にスタートした新プロジェクトへの参加を打診され、2010年にはAKB48を正式に離れてSDN48へ完全移籍することになります。このSDN移籍と卒業の理由について、当時は「事実上の戦力外通告ではないか」という冷淡な声も一部で上がりました。しかし、内実は大きく異なっていました。
運営サイドは、まだ方向性の定まっていなかったSDN48の舵取り役として、劇場公演の酸いも甘いも噛み分けた野呂の統率力とタフな精神力を必要としていたのです。彼女はSDN48初代キャプテンに任命され、大堀恵らと共に平均年齢の高い個性派メンバーたちをまとめ上げ、オリコン週間チャート1位を獲得するまでにグループを成長させました。
しかし、2012年3月31日、NHKホールでのコンサートをもってSDN48は「現行メンバー全員の卒業」という突然の幕引きを迎えます。グループの解散により、彼女は28歳にして再び肩書を失い、芸能界という大海原へ放り出されることになりました。