「なぜ日本には大統領がおらず、内閣総理大臣がトップなのか」という論点は、日本の歴史と日本国憲法の構造に深く根ざしています。
戦前の大日本帝国憲法下において、統治権の総覧者として元首の座にあったのは天皇でした。しかし戦後の1947年に施行された日本国憲法第1条により、天皇の位置づけは「日本国の象徴であり日本国民統合の象徴」と規定されました。ここで象徴天皇と国家元首の定義を巡る解釈の分岐が生じます。
内閣法制局の見解や憲法学の多数説によれば、日本国憲法下における天皇は国政に関する実質的な権能を持たないため、伝統的な意味での元首には当たらないとする見解が有力です。一方で、外交儀礼(プロトコール)上は、外国の大公使の信任状接受や国賓の歓迎行事を担うことから、対外的な国家元首として扱われています。実質的な国政の最高責任者である内閣総理大臣の権限と、儀礼的・統合的な役割を果たす天皇が明確に棲み分けられているため、新たに「大統領」という元首ポストを設置する必要性が制度上存在しなかったのです。
政治学者の回顧録や首相経験者の手記でも、日本の内閣総理大臣が背負う独特のガバナンス構造が語られています。歴代首相の回想録によれば、首相は「最高権力者」でありながら、閣議における「全会一致の原則」に拘束され、各大臣に対する指揮監督権(憲法72条)も閣議で決定された方針の枠内に制限されます。個人の独断を排し、合議制の合意形成を義務づける構造こそが、日本における権力分立の神髄です。