長岳寺の起源は、平安初期の天長元年(824年)に遡ります。淳和天皇の勅願を受け、弘法大師空海が大和神社の神宮寺(釜口坊)として創建したと伝えられており、盛時には塔頭48坊、寺領数千石を誇る大巨刹として栄華を極めました。中世以降の戦乱や明治の廃仏毀釈の荒波を乗り越え、現在も約1万2000坪に及ぶ広大な境内には、平安から桃山・江戸初期にかけての第一級の歴史遺産が色濃く残されています。
境内へ足を踏み入れると、まず参拝者を迎えるのが日本最古の鐘楼門(重要文化財)です。平安時代末期(1085年)の建立とされ、上層に梵鐘を吊り下げた全国でも極めて珍しい建築様式を今に伝えています。下層をくぐり抜ける際、見上げる木組みの重厚さと長い歳月を刻んだ木肌の質感は、訪れる者を一瞬にして平安の昔へと誘います。
本堂に安置されている御本尊「阿弥陀三尊像(重要文化財)」も絶対に見逃せない至宝です。平安時代後期の承安年間(1171〜1175年頃)に造立されたと推定される寄木造の巨像で、胎内から見出された銘文により、「我が国最古級の玉眼仏」として美術史上極めて高い評価を受けています。玉眼特有の潤いと深みを湛えた慈悲深い眼差しは、静寂な堂内で対峙する者の心を穏やかに解きほぐします。