昭和から平成の時代において、結婚した夫婦が子供を持たない選択には様々な詮索がつきまといがちでした。しかし、関係者の証言や当時の取材記録を総合すると、二人が子供をもうけなかった背景には仕事へのストイックな献身とライフスタイルの選択が存在します。
結婚当時、樫山文枝さんは舞台の全国巡演やドラマ出演で一年中スケジュールが埋まっており、綿引勝彦さんもまた映画『仁義なき戦い』シリーズや時代劇『鬼平犯科帳』、数々の現代劇で唯一無二のバイプレイヤーとしての地位を確立しつつありました。長期間にわたる全国公演や泊まり込みのロケが日常茶飯事である演劇人の生活において、夫婦の生活リズムを維持すること自体が至難の業でした。
二人は後年の対談やインタビューにおいて、子供がいないことに対する悲壮感を口にすることは一切ありませんでした。むしろ、互いの仕事部屋を分け、台本と向き合う時間は徹底して干渉しないという「健全な心理的バウンダリー(境界線)」を維持していました。「互いに芝居という子供を育てているようなもの」と捉え、自立したプロフェッショナルとして尊重し合う生活こそが、二人が選んだ夫婦のあり方だったと言えます。