1985年1月23日、東京・千代田区のキャピトル東急ホテルで開かれた緊急記者会見は、昭和芸能史の転換点となりました。ハワイ旅行から帰国したばかりの松田聖子が、大粒の涙を流しながらふたりの破局を発表したのです。
その会見の中で放たれ、今なお語り草となっているのが「生まれ変わったら一緒になろうねと話し合いました」というあまりにも切ないフレーズでした。恋人たちの純愛を象徴する言葉として列島に大きな衝撃を与えました。
ところが、この会見はふたりで申し合わせたものではありませんでした。当時、音楽留学のため米ニューヨークに滞在していた郷ひろみにとっては、まさに寝耳に水の出来事だったと伝えられています。郷は後に執筆した自叙伝などで、別れの話し合い自体は行っていたものの、公の場であのような形で一方的に発表されるとは思っていなかった旨を振り返っています。