香川県三豊市(旧三野町)で育った桃田兄弟。弟である賢斗選手がバドミントンと出会ったのは、小学校1年生(当時7歳)の春でした。当時、すでに地元の名門ジュニアクラブ「三ノ野ジュニア」でバドミントンを始めていたのが、3歳年上の兄・秀人氏です。
兄の練習について体育館へ通うようになった賢斗少年は、シャトルを打ち合う兄の姿に魅了され、自然とラケットを握るようになりました。当時の指導者や関係者の証言によると、賢斗選手は幼少期から卓越した運動神経を見せていたものの、練習を続ける最大の原動力は「兄に勝ちたい」という純粋な対抗心と憧れだったとされています。
テレビ特番や過去のドキュメンタリー取材において、実父の信弘氏も「賢斗はとにかくお兄ちゃんの真似ばかりしていた。秀人が練習している後ろで、負けじとシャトルを追いかけていた」と述懐しています。兄・秀人氏という身近で高い壁が存在したからこそ、天才と称される感覚と勝負強さが幼少期に培われたことは間違いありません。