九州豚骨ラーメンの始祖として知られる久留米の地において、豚骨スープが誕生したのは1937年(昭和12年)の「南京千両」、そして白濁スープが偶然の産物として生まれた1947年(昭和22年)の「三九」にまで遡ります。この強烈な旨味をたたえた白濁豚骨の奔流を受け継ぎ、屋台文化が花開いた六ツ門の地で1973年(昭和48年)に産声をあげたのが大栄ラーメンでした。
当時の久留米は、ゴム産業の隆盛とともに夜の街が活気にあふれ、深夜まで営業する屋台やラーメン店が労働者たちの胃袋と心を支えていました。大栄ラーメンの創業者は、ただ濃厚なだけではなく「毎日食べても飽きが来ず、最後の一滴まで飲み干せる豚骨」を追求。豚頭骨やゲンコツを丹念に下処理し、火加減を徹底的に見極める独自の製法を確立しました。
半世紀を超える歳月のなかで、久留米ラーメン界は多様な進化を遂げましたが、大栄ラーメンが頑なに守り続けてきたのは「愚直なまでの手仕事」です。スープを炊き出す職人の眼差しや、平ザルを鮮やかに操る湯切りのリズムは、久留米が誇る屋台風情と食文化のDNAを今に伝える生きた証左といえます。