自閉スペクトラム症の当事者が手帳の取得に踏み切る最大の動機は、「生きづらさを解消するための公的インフラを合法的に確保すること」に集約されます。ASDを対象とする手帳は正式名称を「精神障害者保健福祉手帳」と呼び、症状や日常生活の制限度合いに応じて1級から3級までに区分されています。
手帳を所持することで受けられる恩恵は、主に「経済的負担の軽減」と「就労環境の適正化」の2軸に分かれます。なかでも金銭面の影響力は絶大です。住民税の障害者控除や所得税の控除が適用されるほか、医療費の自己負担割合を原則3割から1割へと劇的に引き下げる自立支援医療(精神通院医療)との併用によって、通院や服薬にかかる月々の出費を大幅に圧縮できます。さらに、2025年4月から導入された各交通機関の精神障害者向け割引の全国拡大が定着したこともあり、移動にかかる実費負担も目に見えて緩和されています。
もう一つの決定的な要因が、労働環境の根本的な再設計です。障害者手帳を保持していれば、企業の障害者雇用枠へ応募する権利が得られます。障害者枠では、業務指示のテキスト化、感覚過敏に配慮したノイズキャンセリングヘッドホンの着用、マルチタスクを排除した業務の切り出しなど、個々の特性に応じた合理的配慮を法的な裏付けのもとで要求できます。消耗し尽くして退職に追い込まれる前に、適職環境へピボットするための「切り札」となるのが手帳の真価です。