江戸の人々が「成瀬川の体型に似ている」と連想した背景には、人体が水中でたどる過酷な腐敗のプロセスが存在します。水死体が異様な姿へと変貌する医学的機序は、主に体内に生息する細菌の活動に起因しています。
心臓が停止して血流が途絶えると、腸内細菌をはじめとする常在菌が無酸素状態で急激に繁殖を開始します。この菌が有機物を分解する過程で、硫化水素、メタン、炭酸ガスといった腐敗ガスを大量に産生します。陸上であればガスは体外へ徐々に抜けていきますが、水中に沈んでいる遺体は水圧と低温によって内部にガスが滞留し、皮下組織や内臓を風船のように膨張させます。法医学において「巨人様観(きょじんようかん)」と呼ばれるこの現象により、生前の面影を失うほど体躯全体が巨大化するのです。
さらに、角質層が水分を吸って白くふやける「浸軟(しんなん)」が起きることで、皮膚は色素を失って青白く変色します。十分にガスが充満して浮力が自重を上回ると、遺体は水面へと浮上します。水面にぷっかりと浮かび上がった、白く膨らんだ巨大な肉塊――その視覚的特徴が、皮肉にも当時の人気力士の巨体と重なり合ってしまったと言えます。