真言宗の歴史を紐解く上で、欠かすことのできない二人の巨星が存在する。真言密教の開祖である空海(弘法大師)と、後に中興の祖として高野山を再興し、新義真言宗の基礎を築いた覚鑁(興教大師)だ。
当寺院は覚鑁(興教大師)の教えや足跡と深い関わりを持ち、空海(弘法大師)が開いた真言密教の教理をさらに深めた学問寺としての性格を色濃く残している。なぜこの地に密教の奥義が伝えられたのか。中世の戦乱期において、政治的圧力と宗教的対立の狭間に立ちながらも、独自の教学を守り抜いた修行僧たちの執念が、現存する古文書から明確に浮かび上がってくる。