静寂を切り裂くような「隠しきれない 移り香が」という出だしから、物語は修羅場を迎えている。舞台は中伊豆。畳石の滝、わさび沢、そして浄蓮の滝。濡れた山肌と冷ややかな水気が、女の体内で沸き立つ嫉妬の炎と強烈な対比をなす。「山が燃える」という鮮烈な比喩表現は、紅葉の美しさであると同時に、正気を失うほど沸騰する情念そのものだ。
「舞い上がり 揺れ落ちる 寒天橋」の描写において、足元はおぼつかなく、視界は狂気へと揺らぐ。連れ添う男の首筋に残る別の女の匂い。問い詰めることすら拒み、ただ「あなたを殺していいですか」と心の中で呟く瞬間、愛は狂気と背中合わせの美へと昇華する。「天城越え」とは単なる地理的な峠越えではない。理性と狂気の境界線を踏み越える、戻れない過酷な旅路なのだ。