クラリネットの運指を難解にしている最大の要因は、管楽器のなかで唯一とも言える「円筒管かつ閉管構造」にあります。サクソフォンやフルートなどの開管楽器はオクターブキーを押すことで綺麗に1オクターブ(8度)上の音へ移行しますが、クラリネットは奇数倍音しか発生しない物理特性を持っています。そのため、左手親指のレジスターキーを押すと、一気に1オクターブ半、すなわち「完全12度」上の音へと跳躍します。この構造差を理解しないまま練習を進めることが、運指の混乱を招く第一歩です。
クラリネットの音域は、主に以下の3層(超高音を含めると4層)に分かれています。
- 低音域(シャリュモー音域):最低音の実音D(記譜E)から中央のF付近まで。管全体をしっかり鳴らす豊かな響きが特徴。
- 中音域(スロートトーン):中央のGからB♭まで。トーンホールの大半が開いた状態となり、楽器全体の抵抗感が抜けて音色が痩せやすい危険地帯。
- 高音域(クラリオン音域):中央のBから高音Cまで。レジスターキーを開放して完全12度跳躍させた音域で、澄んだ艶のある響きを持つ。
- 超高音域(アルティッシモ音域):高音C#以上。倍音の組み合わせが極めて複雑になり、指使いの選択肢が爆発的に増える領域。
現場の指導者への取材で最も多く報告されるのが、中音域の「A・B♭」から高音域の「B・C」へと移行する「レジスター越え(ブレイク)」でのつまずきです。全ての指を開放するスロートトーンから、一瞬で両手の全ホールを塞ぐクラリオン音域へと切り替える際、トーンホールを塞ぎ損ねるわずかなズレが隙間風を生み、「あの音だけ出ない」「キッというリードミスが鳴る」という悲劇を引き起こします。運指表の丸暗記にとどまらず、楽器の通気抵抗の変化に指と口元が追いついているかを客観視することが欠かせません。