2003年、舞台の過密日程のなかで脳梗塞に倒れた三代目は、長きにわたる過酷なリハビリ生活に入ります。2012年の襲名披露で二代目市川猿翁を名乗った際は車椅子姿で公の場に現れ、不屈の執念を見せました。
しかし病魔は容赦なく体を蝕み、晩年は都内の自宅で療養を続けていました。そして2023年9月13日、不整脈のため83歳で逝去。演劇界のみならず日本中が巨星の墜落を悼みました。
亡くなった後、莫大な不動産や舞台衣装、著作権などの遺産相続に関する関心が高まりました。生前、藤間紫の親族や澤瀉屋関係者、そして実子である香川照之との間で適切に整理が進められ、芸道に関する無形・有形の遺産は、次代を担う香川照之(中車)および市川團子へと引き継がれています。
【プロの結論】家族社会学・共依存の視点から見出すべき教訓
三代目猿之助の生涯は、芸術への狂気的な執着と家族関係の歪みが表裏一体となっていた稀有な事例です。家族社会学的な観点から見れば、家業の重圧と個人的な情熱の相克が、母子の共依存や親子の断絶という形で表出しました。
彼が残した教訓は、「偉大な才能の継承には、血縁の情愛だけでなく、互いの人格を認め合う心理的バウンダリー(境界線)と許しが必要である」という点です。45年を経て和解を選んだ香川照之、そしてその背中を見て育った市川團子の現在があるのは、断絶の苦しみを乗り越えて血脈の誇りを取り戻したからに他なりません。