現在でこそ定着した小選挙区制ですが、1993年以前の日本は1つの選挙区から3〜5人を選ぶ中選挙区制を採用していました。なぜ莫大なエネルギーを費やしてまで制度改革が断行されたのでしょうか。その背景には、昭和から平成初期にかけて日本政治を揺るがした深刻な金権腐敗の歴史があります。
中選挙区制では、同一政党(主に自民党)から複数の候補者が同一選挙区で激突しました。政策やイデオロギーの違いではなく、「冠婚葬祭への顔出し」「地元への利益誘導」「後援会組織の拡大競争」といった熾烈な身内争いが常態化し、巨額の政治資金が動く温床となったのです。リクルート事件や佐川急便事件といった疑獄事件が相次ぎ、国民の政治不信は頂点に達しました。
これを受けて1990年代初頭、「金のかからない、政策本位・政党本位の選挙」「政権交代が可能な二大政党制の実現」を旗印に掲げた政治改革の導入経緯を経て、1994年の政治改革関連法成立により、1996年の第41回総選挙から小選挙区比例代表並立制がスタートしました。