藤原啓治という役者の凄みは、どれほど頼りなく情けない男を演じていても、物語の核心部では絶対に揺るがない「芯の強さ」と「圧倒的な包容力」を滲ませる点にありました。その代表格が、国民的アニメ『クレヨンしんちゃん』の父親・野原ひろしです。足が臭く、安月給に悩み、美人にはめっぽう弱い典型的な日本のサラリーマンでありながら、映画『嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』(2001年)で見せた家族を守るための泥臭い疾走劇は、日本中の大人たちの涙腺を崩壊させました。あの名演は、台本のセリフをなぞるだけでは決して生み出せない、藤原さん自身の人生観が投影された奇跡の瞬間だったといえます。
一方で、洋画吹き替えにおける金字塔となったのがマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)における『アイアンマン』トニー・スターク(ロバート・ダウニー・Jr.)役です。傲慢で皮肉屋の天才富豪が、数々の挫折と苦悩を経て真のヒーローへと成長していくプロセスを、藤原さんは軽妙洒脱なテンポ感と陰影に富んだ低音ボイスで見事に演じ切りました。当時、洋画ファンの間では「ダウニー・Jr.本人の声以上にトニーの内面を雄弁に物語っている」と絶賛され、日本におけるMCUブームを牽引する原動力となりました。
さらにゲームカルチャーの金字塔『FINAL FANTASY VII』シリーズのレノも、彼のキャリアを語る上で欠かせない存在です。「〜ぞ、と」という特徴的な語尾を、斜に構えつつもどこか憎めない飄々とした芝居で昇華。2020年発売の『FINAL FANTASY VII REMAKE』では、生前に収録されていた藤原さんの音声が見事にゲーム内へと実装され、世界中のファンがその唯一無二の響きに胸を熱くしました。演じた役柄の幅広さは、青年座や劇団木山事務所での泥臭い舞台俳優経験に裏打ちされた、確かな演技理論の賜物でした。