浄土真宗の仏壇作法において、日々の生活で疑問を持たれやすいのが「線香を折って寝かせる理由」「お水やお茶を置かない理由」「仏飯の盛り方」の3点です。
まず線香について、曹洞宗や臨済宗では1本を立て、真言宗などでは3本立てるのが通例ですが、浄土真宗では「必ず折って香炉に寝かせる」のが鉄則です。線香を立てる宗派では「煙を立ち上らせて故人に届ける」「仏への橋渡しにする」という意味合いを持ちますが、浄土真宗では香を薫じる行為そのものが「極楽浄土の芳香を偲び、空間を清め、自らの心を整えて仏徳を讃える供養」と捉えられます。香炉の幅に合わせて1本を2つないし3つに手で折り、火のついた側を左に向けて灰の上に置きます。火災防止の実用性だけでなく、煙をむやみに立てず、静かに良い香りを漂わせる精神性が根底にあります。
次に、他宗派の仏壇で必ず見かける「湯呑みに入ったお水やお茶(茶湯器)」を置かない点です。浄土真宗の仏壇に水やお茶を直接供えてはいけません。仏教経典『無量寿経』などにおいて、阿弥陀如来の極楽浄土には「八功徳水(はっくどくすい)」と呼ばれる、清らかで冷たく、軽く、甘い、一切の苦しみを取り除く8つの徳を備えた水が満ち溢れていると説かれます。
すでに最高に清らかな水で満たされた極楽浄土にいる仏に対し、「現世の不完全で濁った水やお茶を『喉が渇いているだろう』と差し出す行為は、極楽浄土の救いを信じていない疑いの心(疑情)の表れ」とみなされます。故人を飢えや渇きに苦しむ餓鬼や浮遊霊として扱わないという、親鸞の徹底した敬意の表明です。ただし、仏壇の両脇に「華瓶(けびょう)」と呼ばれる小さな壺を置き、そこに水を入れて樒(しきみ)や青木を挿す作法があります。これは故人の飲み水ではなく、浄土の清らかな香水を表現するための装飾です。
そして、毎朝お供えする仏飯器(ぶっぱんき)のご飯にも厳密な作法が存在します。朝一番に炊き上がったご飯を、人間が口をつける前に仏飯器へ盛ります。盛り方は派閥により異なり、本願寺派(お西)は「蓮のつぼみ」を模してしゃもじ等で先端を丸くふっくらと整えます。一方、真宗大谷派(お東)は「蓮の実(盛相=もっそう)」をかたどるため、専用の木製や金属製の型を用いて円柱形に高く抜いて供えます。お供えしたご飯は、湯気が消えた午前中のうちに下げ、阿弥陀仏からの「お下がり」として家族で感謝していただくのが本来の作法です。