自伝『変なおじさん』の中で、志村さんは当時の生々しい葛藤を痛切な言葉で綴っています。当時、お笑い芸人として芽が出るかも分からない不安定な身分だった志村さんは、女性の妊娠を知って「結婚して子どもを育てたい」と真剣に考えました。
しかし、現実は非情でした。厳格だった志村さんの父親や相手側の両親に結婚を申し入れたものの、「芸人として食えてもいない男に娘はやれない」「生活の基盤がない状態で子どもを育てることは許さない」と双方の親から猛烈な反対を受けたのです。
周囲を説得することができず、二人は苦渋の決断として別々の道を歩むことになりました。志村さんは女性が子どもを出産したことを伝え聞きながらも、自らの未熟さを痛感し、以後その母子と会うことはありませんでした。男児だったのか女児だったのかすら明かされることはなく、志村さんは自伝の中で「子どもに対して本当に申し訳ないことをした」「今でも幸せに暮らしていてほしいと願っている」と、生涯消えない慙愧の念を吐露しています。