2009年9月に発足した鳩山由紀夫内閣は、発足当初の内閣支持率が各紙で70%超を記録する異例の好発進を切りました。しかし、その高揚感は半年も経たずに急速に失速へと転じます。
致命傷となったのが、在日米軍再編の焦点であった普天間基地移設問題です。鳩山首相が選挙戦や党首討論で「最低でも県外」と公言したことで、沖縄県民の期待が過度に高まった一方、現実的な移設先を見出せないまま迷走。日米関係は極度に悪化し、最終的に自民党政権時代の「辺野古沖移設」へ回帰したことで、沖縄と国民双方の信頼を完全に失墜させました。
さらに、民主党の掲げた「クリーンな政治」の看板を揺るがしたのが、党幹部の「政治とカネ」の問題です。鳩山首相自身の巨額な偽装献金・実母からの資金提供疑惑に加え、党幹事長として絶大な権力を握っていた小沢一郎の資金管理団体「陸山会」を巡る土地購入問題が表面化。政権中枢が捜査対象となる事態に国民の失望は深まり、2010年6月、鳩山首相と小沢幹事長はダブル辞任に追い込まれました。