岸洋子の音楽人生は、常に過酷な身体の苦痛との戦いの中にありました。山形県酒田市に生まれ、東京藝術大学声楽科に進学して将来を嘱望されていた彼女を突如襲ったのが、当時原因不明とされていた難病・膠原病(全身性エリテマトーデス)でした。激しい関節痛や高熱、心臓疾患を併発し、オペラ歌手への道を断念せざるを得なくなった岸は、ベッドの上で絶望の淵に立たされます。
しかし、彼女は歌うことを諦めませんでした。病床でラジオから流れるエディット・ピアフのシャンソンに心を救われた岸は、ポップス・シャンソン歌手としての再起を決意します。1964年に『夜明けのうた』が大ヒットを記録したものの、過密スケジュールと病状の悪化が彼女の身体を容赦なく蝕んでいきました。
1969年秋、長期の入院生活と激しい発作を乗り越え、奇跡的な復帰を果たした直後にレコーディングされたのが『希望』でした。当時の制作関係者の証言によると、スタジオでの岸は立っていることすら辛い体調でありながら、マイクの前に立つと鬼気迫る集中力を見せ、まさに命を削るようにして歌声を吹き込んだと伝えられています。