東京大学の学生や教員が捜査機関に身柄を拘束された際、大手メディアの報道姿勢と東大生逮捕に対するネットの反応には、他の一般大学生事件とは明らかに異なる特異な力学が働きます。
SNSやネット掲示板、Q&Aサイトでは、事件直後から東京大学関係者の逮捕時の名前公表に関する激しい論争が巻き起こります。「将来ある若者であっても重大犯罪には厳格に実名報道すべきだ」「東大という看板ゆえに不当に騒ぎ立てられている」という賛否両論です。法曹関係者やメディアデスクへの取材によると、20歳以上の成人事件における東大生逮捕の実名報道率は他大学と比較しても依然として高く、「社会的影響力の大きさ」を理由に見出しに「東大生」の冠が付与される傾向が顕著です。
実際に学内の本郷キャンパスや駒場キャンパスで学ぶ現役学生たちに現場の空気を聞くと、複雑な心情が吐露されます。
「一部の逸脱した人間の行為によって、真面目に研究や学問に打ち込んでいる大多数の学生まで色眼鏡で見られるのが最も辛い」(理科二類出身の大学院生)
「エリート街道を歩んできた同級生の中には、周囲からチヤホヤされ続けた結果、他人の痛みに極端に鈍感だったり、ルールを自分に都合よく解釈したりするタイプが稀にいる。そうした歪みが最悪の形で表面化したのではないか」(法学部4年生)
一方、オンライン空間では「学力と人間性は完全に別物であることの証明」「受験エリートのモラル崩壊」といった冷笑的なコメントが拡散されやすい土壌があります。この社会的バッシングの強さは、東大というブランドに対する世間の高い期待値と、それが裏切られた際の反動の大きさを物語っています。