星新一の作品を読んだ読者が一様に驚くのは、昭和30〜40年代に書かれた物語であるにもかかわらず、古めかしい昭和の生活感がほとんど漂わない点です。ここには、彼が作家として意図的に課していた極めて厳格な執筆哲学が存在します。
彼は創作にあたり、「具体的な地名」「特定の企業名や流行語」「通貨単位(円やドル)」「過度な性描写や暴力描写」を作品から徹底して排除しました。通貨は「エン」や単なる数値として扱われ、登場人物は「エヌ氏」「アール氏」「エム氏」といったアルファベットの記号で表されます。舞台も「ある星」「とある都市」「とある研究所」といった具合に極度に抽象化されているのです。
当時の風俗や流行を取り入れれば、執筆当時はウケても数年後には「時代遅れの描写」へと成り下がります。星新一はこのリスクを完全に予見し、物語の骨格から時代性の垢を限界まで削ぎ落としました。その結果、残されたのは「人間の普遍的な欲望、傲慢さ、孤独、そして愚行」という、いつの時代にも通用する純粋な人間ドラマの骨組みだけでした。この無色透明なプラットフォームこそが、読者に「これはまさに自分たちの時代の話だ」と錯覚させる構造的マジックを生み出しています。