靖国神社問題において極めて重要な歴史的転換点となったのが、昭和天皇の参拝停止です。昭和天皇は戦後、1945年から1975年(昭和50年)まで計8回にわたり靖国神社へ親拝されていましたが、1975年11月の参拝を最後に生涯訪れることはありませんでした。
その真相を決定づけたのが、2006年7月に日本経済新聞がスクープした「富田メモ」(元宮内庁長官・富田朝彦氏の記録)です。メモには、昭和天皇が1988年に語った生々しい肉声が記録されていました。
「私は あれ以来 参拝していない それが私の心だ」
「松平が独断で合祀した。松岡や白鳥までもが。筑波は慎重に対処してくれたのに」
――『富田メモ』(元宮内庁長官・富田朝彦の手帳記録より抜粋要約)
前任の筑波藤麿宮司が慎重に見送っていた合祀を、後任の松平宮司が決行したこと、とりわけ日独伊三国同盟を強硬に推進した松岡洋右や白鳥敏夫を合祀したことに対する昭和天皇の強い不快感が浮き彫りとなりました。現在に至るまで、上皇陛下および今上天皇も靖国神社への御親拝を行っていません。
外交摩擦と歴代首相の参拝を巡る論争
合祀が公になった後、1985年の中曽根康弘元首相による公式参拝を契機として、中国や韓国からの公式な外交抗議が本格化しました。2001年から2006年にかけて毎年参拝を行った小泉純一郎元首相、2013年12月に電撃参拝を行った安倍晋三元首相の際にも、周辺諸国との首脳会談が長期にわたり凍結されるなど、安全保障や経済関係を巻き込む国際的懸案へと拡大しています。