釜爺というキャラクターの存在感を唯一無二にした最大の功労者は、声を担当した名優・故・菅原文太さんです。『仁義なき戦い』や『トラック野郎』で昭和・平成の日本映画界を牽引した名優が放つ、低く重厚でありながら底知れぬ慈愛を帯びたバリトンボイスは、公開当時から映画関係者の度肝を抜きました。
当時の制作特番や関係者の回想録によると、宮崎駿監督は釜爺役に菅原文太さんを熱望していました。単なる頑固爺さんではなく、裏社会の掟を知り尽くした任侠の匂いと、傷ついた若者を無条件で包み込む父性的な包容力を併せ持たせるためです。初対面の千尋に対して「手ぇ出すならしまいまでやれ!」と突き放しながらも、彼女が湯婆婆に消されないよう機転を利かせる絶妙な呼吸は、菅原さん自身の人生経験が宿った怪演でした。
劇中で読者の記憶に最も深く刻まれているのが、千尋がボイラー室を去る際に見せたサムズアップと共に放たれる「グッドラック」というセリフです。純和風の湯屋の世界観において、突如として放たれる英語の響きに驚いたファンも少なくありません。このセリフは宮崎監督の絵コンテ段階から指定されていたものであり、菅原さんの渋い声と完璧な間の取り方によって、滑稽さを通り越した深い激励の言霊へと昇華されました。
ハクの命を救うために奔走する千尋を見守り、リンに向かって呟く「愛じゃよ、愛」という名言も、菅原さんの温厚なニュアンスがあるからこそ、照れ隠しを含んだ真実の言葉として観客の胸を打ちます。言葉少なに背中で語る昭和の男の美学が、アニメーションの枠組みを超えて釜爺に吹き込まれています。